旅行・地域

2013年6月16日 (日)

トルコ

20年以上前だが、初めていった外国がトルコだった。
学術会議に行ったのだが、会議場はある広場に面していた。

また、その広場に隣接して公園があった。公園と道を挟んで宿泊したホテルがあった。
公園で休んでいると、いきなり靴を磨かれたりするのだ。靴磨きの少年が、客を待っているのではなく、スキあらば磨いちゃって、いくらかでも貰おうというものらしい。

広場の周りには、体重計を前に置いている少年たちがいた。
何をしているのか分からなかったが、知り合いに聞くと、体重計りやさんだという。マジ。。

トルコと聞くとそんなことを思い出す。
今、イスタンブールで、政府と若者が衝突しているという。
その衝突現場が、まさにその広場と公園なのだ。

あの少年たちも今や30才過ぎ、デモに参加しているのもいるだろう。
これまでのように、あまりイスラム色の少ない国造りをしていって欲しい。

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2011年10月19日 (水)

雑感111019

プロ野球がおもしろい。
特別野球ファンというわけではないが、一発勝負のプレーオフは好きだ。
普段のリーグ戦もケーブルテレビにCS放送が入っているので、ナイターを見たり、休日にはデイゲームを見たりすることもある。
酒を飲んでいるときに、点けているテレビでやっているのが野球だというわけだ。おやじですな。。

大概日ハムの試合を見ている。
今朝の新聞によると、ダルビッシュは、ポスティングシステムで来期メジャーに行くことががほぼ決まったらしい。
日ハムの試合を見ていたのは、ダルの投げるのを楽しみにしていたのがある。ダルはきっとやってくれるだろう。

円いロボット掃除機で、センサーで障害物を検知しながら勝手に掃除してくれるのがあるらしい。
滅多に掃除機もかけないが、狭くて、ものがあちこちに置いてあるウチでは、まあ無理だ。
何より、吸い込んではいけないものを吸い込まないか、自分で監視していないと気がすまない。

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2009年12月29日 (火)

至福

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帰省先の温泉施設にてこれを携帯で書いてゐる。
雪を見ながらゆったりと湯に浸かる。昼間のビールも美味い。あとは昼寝、ゆっくりと時間が流れる。

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2009年12月25日 (金)

とんだイスタンブール

イズミールから国内線客と同居した状態でイスタンブールに向かった。
当時イズミールという都市がトルコにあること自体知らなかったので、入国ビザのはんこを既にもらっていたことを、イスタンブールの入管で拙い英語でどう説明しようかあたまが一杯だった。
あのしょげていた若者もいたので、同類相食むというか、ちょっと心強かった。

特に問題なくイスタンブールに着いた。空港からホテルに向かうのに、タクシーを使った。
トルコ人は日本人に対して好意的だという話は聞いていた。
ホテルの名前を告げるとさすが国際都市、運転手が英語をしゃべるのだ。
ただ内容がどうも変だ。「そのホテルは、very expensiveだ、わたしがもっと安いホテルを紹介してやる」と言っているようなのだ。

日本では客が言った行き先を運転手が変えるなどあり得ない。半信半疑で乗っていると、運転がかなり荒い。スピードも出すし、歩行者が信号など無視して、その車の前後を横切っていくのだ。クラクションの音もあちこちでする。日本やドイツとだいぶ違うが、トルコに来た雰囲気はある。

「ほら、着いた。ホテルペリカン。ここは安くていいぞ!」「エッ!」「○○ホテル!○○ホテル!!リザーブしてあるんだ!」やっとのことで目的のホテルに着いた。そのホテルはイスタンブールでは(社費なの)でかなり高級なホテルだ。

わたしがラフな格好して、旅行カバンではなく山登り用のザックなど担いでいたので、タクシーの運転手は、その格好を見てそんなに金はなさそうなので、expensiveなホテルではなく、格好にふさわしいホテルを紹介するという、好意というか、お節介なのだった。

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2009年12月23日 (水)

飛んでイスタンブール

オリエント急行の続きである。
ドイツ経由イスタンブール行きを許可されたので、従弟妹のいるドイツ、デュッセルドルフ経由イスタンブール行きの計画書を提出し、承認された。

あたまは、ドイツやイスタンブールに飛んでいるが、外国に一度も行ったことがない、英語もろくにしゃべれない、しかも一人だし~、のように現実もかなり飛んでいた。

ドイツは特に印象というか、ハプニングはない。当時ベルリンの壁崩壊前、というか8月から9月にかけての旅行であったが、その年の11月にベルリンの壁が崩壊したのだ。

デュッセルドルフに一泊して、ライン川沿いを列車で南ドイツ方面(ミュンヘン)に向かう。列車は個室になっていて、ほかの人と一緒になることもあるが、日本とはだいぶ雰囲気が違う。デュッセルドルフの印象は、暖かい日であったが、ライン川の辺まで従弟妹に案内してもらったら、その近くに市営プールのようなものがあって、女性の多くがおっぱい丸出しなのだ。21:00過ぎまで明るいのと、その太陽を前身で受けようとする姿は印象的であった。カメラを向けるのは躊躇われた。

ミュンヘンからトルコ航空でイスタンブールに向かう。
飛行機が着陸したので、改札(?)、入国のスタンプを押してもらって、手荷物を待つ。。
いくら待ってもわたしのバッグが出てこない。「My bag! My bag!」(オレの荷物はどうしたんだ)と叫ぶ。
女性の係官が、「泉屋!、泉屋!」と叫んでいる。その隣に、気の弱そうな外人の若者が座って頭を抱えている。
何か分からないが、どうも違うところに降りてしまっているということが分かってきた。そのまま飛行機に乗るように言っているようだ。それに従った。

飛行機に乗ると、ミュンヘンから乗ってきた場所とは違うところに座らされた。拙い英語読解力で聞いていると、ここから後ろは国内線、ここから前が国際線、と線引きしているようだ。あり得ん。。

後で分かったことだが、飛行機はミュンヘンからイスタンブールに国際的には直行だが、トルコ第2の都市イズミール(泉屋)を経由して、国内線の乗客を乗せてイスタンブールに向かったのであった。
そのため、わたしがイスタンブールと思っていたのは、イズミールであって、イスタンブールではないので、マイバッグは出てこないのであった。そのまま空港からでないで良かった。

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2009年12月17日 (木)

オリエント急行

オリエント急行が廃止になった由、テレビで報じていた。思い出がある。乗ったのではなく、乗れなかったのである。

前に所属していた会社でのことである。海外で論文発表するような場合は、当然渡航許可が下りていた。ただ誰しも論文発表できるような仕事に就いているわけではない。あるレベルの実績があり、そういう機会にあわない人には、何とかの視察と言った名目で、海外に行かせていた。

自分は発表する論文はないが、行ってみたい旨部長の面接で言ってみた。是非、そのような機会を考える、とのことだった。ところが、まもなくその新しい部長に交代して、話がリセットしてしまった感じなので、思いきって新しい部長に言ってみた。考慮するから、自分でそのような機会を考えろ!だった。

適切なものがないか調べると、あった!イスタンブールで地球・惑星物理の総会がある。それに行きたい旨申し出た。分かった、それでいいが、会社で付き合いのある旅行社を紹介するので、日程は自分で決めること。

それから頭はヨーロッパに飛んでいた。義理のいとこが駐在員としてドイツにいた。そこに寄って行きたい。
ドイツ、んっ、ロマンチック街道、ライン川。ドイツからイスタンブールに鉄道があるぢゃないか!?
オリエント急行。

完全に飛んでいた。

何と!部長に、ロマンチック街道を除く、ドイツ経由、オリエント急行でイスタンブールに行くという旅行案を出したのである。

「あの、なあ。。ちょっと考えろよ!!オリエント急行~!何日かかるの?3日~?ドイツ経由は認めるが、オリエント急行は認められない。」

ということで、ドイツ経由イスタンブール行きが決まったのであった。

今考えると、まことに寛大な措置でした。
この旅行については色々あり、機会があったら書いてみたいと思います。

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2009年12月 5日 (土)

飯山線の旅

越後川口から森宮野原までの飯山線の車窓の動画がありました。ブログ添付は許可されているので、貼ってみました。ただし、(実際乗ってみても)長いので、岩沢から、越後田沢の分です。

岩沢から十日町まで:

十日町~越後田沢:

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